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株式会社イカイプロダクト
福島営業所 所長
松浦 富幸
(マツウラ トミユキ)

静岡市出身
2002年4月入社 (新卒7期生)

「自分の担当する職場で一定の数字目標を達成すれば、自分の営業所を設立し、営業所長になる権利を獲得できる」というイカイ独自の“営業所長制度”で、福島営業所を設立、所長に昇格した。
これは新卒社員で4人目の快挙だ。「役職が変わってもやるべきことを精一杯やるだけ」と常に冷静な松浦さん。しかしその中にも確かに熱い気持ちがある。

まずは「現場」から
 自分は静岡県出身ですが、就職活動では特に勤務地にこだわらず、色々回っていました。
ただ、自分はどちらかといえば、営業よりは製造関係に向いているかなと思って、製造に携わる仕事で探していました。それでたまたま受けたのがイカイだった、という感じです。
 入社するとまず自動車の電装品を作る職場に配属され、ヘッドランプの内側に曇り止めの特殊な塗装をするラインに入り、半年間、技能員として働きました。
 現場はかなり忙しく、毎日、死にものぐるいで汗を流しました。
その時、2コ上の先輩が、「1年間はどんなに苦しくても、まずは黙って仕事してみろ。 それから何か変わってくる」 と言ってくれたことが印象に残っています。ホント、その言葉でがんばれたっていうのがありますから。


突然のチャンス
 静岡で半年間、現場の仕事を経験し、周りから信用してもらえるようになってきた頃でした。
上司から呼ばれ、茨城で新しく事業所が立ち上がるという話を聞き、「茨城に行くか?」と聞かれました。あまりに突然で驚きましたけど、外に出てみたいという気持ちがあったので、 「行きます。」と即答しました。
  転勤すると仕事内容もガラリと変わりました。「班長」という職制を与えられ、仕事内容は人事労務管理が中心になりました。日系ブラジル人の方々も多くいた現場でしたから、まずは名前を覚えるところから。 とにかく、あれこれ考えるより、実務を一つ一つこなしながら、信頼関係を作っていった感じです。1年半の間で、だんだん仕事の要領を得て、製造の方の仕事も幅広く任されるようになっていました。
  やめたいと思ったことはないですね。茨城には、自分だけでなく藤枝からも同期がたくさん来ていましたから心強かったし、他にも本当に色々な人にお世話になったんです。 自分だけやめて帰ろうなんて、まったく思わなかったですよ。


自分で手を上げる
 茨城で経験を積んだ後、福島に異動するきっかけになったことがありました。 福島で新規の事業所立ち上げという話が確定した時、会議の席で自分から手を上げたのです。
  事業所立ち上げを進めていた時からプレゼンの資料を作ったりしていましたし、大学時代東北にいたので、多少土地勘もあるから、「これは自分しかいないだろう」と思ったんです。 福島に異動して最初の1年間は、自分が実際に現場の仕事に入りました。 2ヵ月後、2つ下の後輩を茨城から説得して連れて来て、他にも茨城から応援に来てもらったりしながら、徐々に仲間を増やしていきました。その頃は、今思えば大変な日々を過ごしていたと思うけど、「疲れた」という感じはなかったですね。やっぱり、やりがいがありましたから。
  そこからもう一つ系列の工場の仕事をいただいたことがきっかけで、自分は作業から離れ、係長として職場の管理に徹するようになりました。
  最初は本当に小規模からスタートしましたが、とにかく、お取引先の要望に応えること、従業員さんを増やして、職場を安定させ、今いただいている仕事をもっと大きくしなければと、毎日必死で走り回っていました。


営業所設立へ
 私の担当職場がある程度の規模になったある日のことです。本社から専務がみえて、こうおっしゃったのです。
「今の数字を6ヶ月維持すれば、営業所長だぞ。」
それまではほとんど営業所長というものを意識したことがなかったので、とにかく驚きました。
「営業所長!?自分でいいの?」と思いましたね。しかしその後、本当に営業所設立は実現しました。自分でもびっくりしています。
 自分としては、役職が変わってもやるべきことはそれほど大きく変わりませんし、これで一生安泰だなんて思っていません。これからも自分でできることを精一杯やっていくだけです。 周りからは福島に来てから変わったとか、成長したって結構言われるんですけど、自分ではよくわかりません。でも、人を育てようと強く意識しだしたのは、確かに福島に来てからですね。


止まっていてもしょうがない
 もともと、特別出世欲が強いタイプではなかったのですが、今まで自分にチャンスを与えていただき、責任ある仕事を任せてもらっているからには、止まっていてもしょうがないと思うんです。 今のままの位置でずっと、とは決して考えていません。 やるからには、常に上を向いて、進んでいきたい。
まずは営業所をもっと大きくして一つの分社として独立し、社長になること、それが目標です。












株式会社イカイコントラクト
増田 裕香
(マスダ ユカ)

藤枝市出身
2007年4月入社 (新卒12期生)

入社から1年間、自動車のテールランプを製造する工場でライン作業に従事し、2年目からは人事労務管理のサポート(勤怠管理・受入準備)などを担当している。「経験させていただいた仕事一つ一つが自信ややる気につながった」という増田さん。 謙虚にコツコツと努力を重ねている。

自分が納得して選んだ会社
 就職活動で、私はあまり多くの会社の面接を受けませんでした。
業種や職種を限定していたわけではないのですが、就職サイトで企業情報などをよく読んで、興味を持った企業を絞り込んで説明会に行き、本当に自分が納得できたところだけ採用試験を受けました。
  会社選びのポイントとして、まず重視したのは企業理念や考え方です。私がイカイに興味を持ったのは、「出る杭を育てる」という実力主義に魅力を感じたからです。 年齢や性別などには関係なく、努力をして成果を出せば責任ある仕事を任されることは、やりがいを感じることができると思いました。 実際、イカイでは多くの女性の方も責任あるポジションで活躍しているんですよ。


現場の経験があるからこそ
 最初工場に配属されてから仕事に慣れるまでは、やっぱり不安は多かったですよ。
早く仕事をおぼえなきゃ、一緒に作業している方々に迷惑かけないようにしなきゃ・・・と、とにかく必死でした。
  半年くらい経ってからは完全に慣れてスムーズに仕事ができるようになり、焦りもなくなってきたと思います。 一緒の職場に配属された同期の子とも、昼休憩の時間などに顔を合わせ話したりして、お互いに気分転換し不安を解消し合っていました。それに、同じ作業だけではなく、他のラインの仕事や重要な工程も色々と経験させていただけたおかげで、適度に刺激があり、充実した毎日を過ごすことができました。
 今はどちらかというと事務的な仕事が主ですが、自分が実際に現場でものを作るという仕事を1年経験したからこそ、製造現場のことも理解でき、従業員の方の気持ちも考えながら今の仕事ができていると思います。
 実は私が入社した当初から、それまで先輩スタッフが一人で担当していた仕事がかなり幅広く大変だということと、今後さらに仕事量が増えるという見込から、私にフォロー役を頼みたいという話は既に出ていました。 しかしだからといって、すぐにでもというわけではなく、ある程度しっかり現場での経験を積んでからでないといけないということで、実際には2年目に入ってからというタイミングになったのです。


多くの人と関わる仕事
 この仕事は本当に多くの方と関わる仕事なんです。今担当しているタイムカードの集計も、一人一人の給与にも反映されることですから、ミスをしたら一生懸命働いている従業員さんに迷惑をかけることになってしまいます。 人数が多いからこそ、速さより正確さを重視し、慎重に落ち着いて仕事に取り組むようにしています。
 また、現場では様々な人がいるので、人によってはコミュニケーションで苦労することもあります。
特に、現場では日系ブラジル人の方も働いていらっしゃるのですが、やはり日本語が苦手な方もいるので、どのように接すればいいか困ることもあります。
言葉が通じないなりに、笑顔で声をかけたり、挨拶だけでもするように心がけています。


人との出会い
 多くの人と関わる仕事というのは、大変ではありますが、やりがいもあるんです。 イカイに入って多くの仲間と出会い、多くの人と関わって仕事をしてきました。 これまで出会った人たちと仕事ができたおかげで、これまで仕事をやってこれたとも思っています。私の周りにいる人たちは、いい人ばかりです。今はまだまだ上司や先輩に頼ってしまうばかりなので、一つでも多く、責任を持ち自分一人でできる仕事を増やしていきたいです。また、自分から仕事を見つけ、動ける人間になりたいです。
 学生の皆さんも、仕事をすることに対して不安なことは多いと思いますが、社会に出れば、アドバイスをくれる上司や先輩、一緒に頑張り支えあう仲間と出会えます。 きっと、得るものは多いはずです。失敗を恐れず、挑戦する気持ちを持って社会に出てください。










株式会社イカイコントラクト
井田 洋佑
(イダ ヨウスケ)

藤枝市出身
2006年4月入社 (新卒11期生)

現在、請負事業所である自動車のヘッドライト製造ラインで、班長として生産管理業務やスタッフの教育、勤怠管理などを任されている。 目の前の仕事を必死でこなしている中、不意に与えられた“班長”という大役。「班長として、自分はまだまだ未熟だ」という井田さん、ひたむきに一歩一歩、成長中だ。

挫折の後の出会い
 学生時代は、教師を目指していたので、企業への就職はまるで考えていませんでした。 しかし残念ながら教員採用試験に落ちてしまい、「就職先を本格的に探さなくては・・・」と思い立ち、とりあえず行ってみた合同企業ガイダンスでイカイに出会いました。
 企業研究もほとんどしていなかったので、イカイがどんな会社なのかも全く知りませんでしたが、会社説明を聞いて、事業内容に将来性を感じたのはもちろん、先輩達が一生懸命自分の経験を踏まえて話してくれたのが印象的でした。 目の前にいた先輩達に魅力を感じ、縁を感じたから入社を決めたんです。 今でも、先輩達にはよく相談に乗ってもらっています。後輩に対してさりげなく気遣ってくれるのがありがたいですね。


製造の仕事は「人」が基本
 入社して、まずはヘッドライトの完成品をチェックするというラインに入りました。 その後、部品供給、組立の現場経験を経て、約5ヶ月後、別のラインをヘルプしたことをきっかけに班長になり、現在に至ります。
 班長の仕事では、時間内に目標とされている製造個数をクリア出来ているか、不良品の有無など、ライン全体の流れを把握していることが必要不可欠で、問題が起きそうな時、いち早く指示を出し対処できるように、常に目配り・気配りしていることが大事です。人が替わった時は特に注意が必要。 口で言うのは簡単だけど、製造の仕事は、やはり人が基本ですから、奥が深いのです。
 また、従業員さんの教育や指導も重要な仕事ですが、私はまず、日ごろからコミュニケーションをとることを心がけています。 「おはよう」とか「お疲れ様」の挨拶はもちろん、食堂や休憩室でもよく声をかけています。ラインはチームワークが大事。 みんなで心を一つにしてものを作り上げていくという気持ちが大切なんです。みんなのモチベーション次第で、生産能率が格段にアップするんですよ。


乗り越えて得られる喜び
 勤務時間は夜勤帯というのもあって、最初は生活のリズムに慣れるまで戸惑いもありましたし、繁忙期、現場がヒートアップしてくるとやはり大変です。
でも、そういうキツイ時も皆で乗り越え、やり遂げた時は、やはり嬉しいですし、やりがいを感じます。
皆で力を合わせて作ったものが世の中で役に立っている・・・ということも製造に携わる者の喜びです。
 実は自分自身、班長を任されるなんてまったく予想していなかったんですが、それでもこの仕事に挑む中で、日に日に責任感は大きくなってきています。今はとにかく、日々の仕事に没頭しています。 一日一日、一生懸命仕事に取り組むこと、その積み重ねが次に繋がると思っています。


イカイで自分の「広がり」を感じる
 イカイでは日本人に限らず、老若男女たくさんの人が働いています。 仕事を通して色々な人と接する機会を持ち、自分自身「広がり」のようなものを感じています。
 会社は、自分の力を試すところだと思います。苦労の後に、精神的な成長があります。 仕事では大変なこともあるけど、皆さんも気持ちを強く持って、思い切って挑戦して、大きな達成感を味わってほしいと思います。